はじめに
「トレーニング」と聞くと、多くの人は腕立て伏せや走り込みなど、体育や部活で行った厳しい練習を思い浮かべるかも知れません。しかし時代は流れ、人の身体の研究もトレーニング方法も進歩しています。そんな中で、伝統的にやっている準備運動やトレーニングを何の疑問も抱かず続けていませんか? もしくは世界の一流プレイヤーがやっていたトレーニングを見よう見まねで目的も分からず行ってたりしていませんか?
何事も怪我をするぐらいまで懸命にやれば、それなりに効果も結果も出ます。しかし怪我や痛みの影響で、中学生で引退というケースもしばしば見受けられます。
子供も大人も関係なく、人生において実現したいことの1つは、病気と怪我をしてないこと、です。それを可能にするコンディショニングの一環としてトレーニングがあります。
身体機能的に、強くする、速くする、持久力をつける、柔軟性をつけるといった要素は、トレーニングの極一部で、それを必要とする人もまた極一部です。しかし世間に流れる情報が、その極一部の世界トップクラスのトレーニングであるため、「自分には出来ない」「そんなしんどい思いはしたくない」と、トレーニングを否定的に捉える原因になっています。
小学生や中学生の身体は、見た目は、大人を小さくしただけですが、骨も関節も筋肉も神経も、まだ成長過程にあります。成長期のトレーニングを考える時は、まずは怪我をしないように、次に機能的な身体の使い方が出来るように、最後に物理的に逞しい身体になるようにメニューを考えなければなりません。
「怪我をしないようにすること」と「機能的な身体の使い方が出来るようになること」は、大人にも高齢者にも必要なことです。地域移行が行われる、このタイミングで、一生使えるトレーニングの基礎を一緒に学んでいきましょう。
成長期のトレーニングは「強くする話」だけではない
多くの人は、トレーニングの目的を「足を速くする」「当たり負けしない」「高くジャンプする」といった、試合の結果に直結する身体機能の向上に置きがちです。勿論スポーツをしている以上、上達したいし試合に勝ちたいという気持ちは自然なものです。
しかし結果を求め過ぎて、筋力を強めることばかりしていると、全身を連動させた力の伝え方が上達しなかったり、柔軟性が低下したり、バランス感覚が身に付かなかったりして、怪我のリスクが高まります。成長期に必要な神経の働きを強めるトレーニングや、疲れを残さないためのコンディショニングなどは地味ですが、競技レベルを底上げに必須の土台作りです。
怪我をせず、疲れを残さず、身体を正しく使えるように育てること。それを継続的に行える基礎知識と自主性を身につけることが、成長期トレーニングの出発点であり、多くの大人、高齢者にも必要な素養です。
なぜ今、この学びが必要なのか?
端的に言えば、「情報の格差をなくすこと」と、「全てのスポーツの基盤になること」であり、「健康的に過ごすために必要な大きな土台の一つになること」だからです。
部活動の場合、学校単位や競技ごとに、ある程度、情報が共有されやすい状況でした。地域活動へ移れば、より専門的な知識が入ってくる一方で、ガチ勢ではない、エンジョイ勢の地活では、そこまでの知識が求められず、ただ何となく身体を動かすだけのグループも出てくると思います。勿論、それだけでも十分に価値のある活動なのですが、いざ高校生になって、或いは大人になって、何か新しいスポーツを始めようと思い立った時に、基礎トレーニングの素養が有るか無いかで、選択肢の数や、新しく始めた競技の修練スピードが格段に違ってくるのです。何年も先の未来を見据えて、やるかやらないかは本人次第です。ただ住んでいる場所や、選んだ競技、グループ、家庭環境などによって大きな情報格差が生じないように、トレーニングの基礎を習熟できる状態にしておくことが、地域移行を行う際に準備しておくべき最低ラインだと思うのです。
大人も高齢者も同じです。「加齢のせいで体力が落ちたし、関節が痛い」「生まれつき体が硬い」「ぎっくり腰を何回も繰り返して癖になっているから治らない」という類の言葉は、多くの人から聞かされてきました。本当にそうでしょうか? 正しい知識や手法に出会っていないだけじゃないでしょうか? 真面目に学んで、知るだけ知って、やるかやらないかは本人の自由です。医者や治療家のような専門的な知識を身につけるのは無理だと思っている方もいらっしゃるかも知れませんが、別にテストがある訳でもなく、いつまでに覚えないといけないという期限もなく、ただ自分のため、或いは大切な人のために、少しずつ積み上げていけば良いことなのです。高頻度で情報に触れていれば、イヤでも記憶が定着してきます。それを阻害するのは、「できない」と思い込んでいる心の有り様だけです。
健康であること、またその礎となるトレーニングや栄養の知識があることは、誰にとっても悪いことではありません。学校で、家庭で、地域で、地活の現場でそれらの情報を共有することによって、子供の安全な成長を支えると同時に、大人達も、自分を律し整える良い機会を得られたと、前向きに捉えるべきなのです。
成長期トレーニングを学ぶことで何が変わるのか?
例えば、同じ「走るのが遅い」という現状でも、単に努力不足と見るのか、筋力、姿勢、フォーム、神経系の伝達も含めて見るのかでは「次に何をするべきか?」という課題が変わってきます。同じ「疲れやすい」という現象でも「気合いが足らない!」で終わらせるのか、ウォーミングアップやクールダウン、栄養、睡眠、練習量、練習内容までを視野に入れて見られるかで、その子に伝える内容は変わってきます。
| 学ぶ前に起こりやすい見方 | 学んだ後に目指したい見方 |
|---|---|
| できる・できないだけで判断する | 成長の途中にある個人差として捉える |
| 負荷を上げれば伸びると考える | 順番とタイミングが大切だと考える |
| ケガは本人の問題と捉えやすい | 環境や同じ動作の過度な繰り返しを疑う |
| 指導者だけが支える役割を負う | 家庭と地域で役割を分けて支える |
| 強化が中心になる | 成長・安全・継続を含めて考える |
このように、成長期トレーニングを学ぶことは、単なる知識の習得ではなく、現象を見る視点の更新に繋がり、敷いては安心・安全な地活にも繋がるのです。
このカリキュラムが目指すもの
この高松独自カリキュラムは、「逞しい子供を作ること」だけを目的にはしていません。勿論、競技力の底上げは大切ですし、努力が成果に繋がることは子供達の自信にもなります。しかし、逞しさの土台として必要なのは、怪我と病気をしないためのコンディショニングであり、トレーニングはその一環なのです。そしてそのコンディショニングは大人や高齢者にこそ必要なものになってきています。
このカリキュラムでは、発育発達の理解、筋肉と神経の成長、基本動作、姿勢、スピード、筋力、柔軟性、ウォームアップ、ケガ予防、セルフケア、家庭と地域の支え方までを、一つの流れとして扱っていきます。強める速める大きくする、といった勝利至上主義に必要な知識だけでなく、癒す、整える、継続するといった全体像を学ぶ構成です。
出発点はあくまでシンプルです。子供の成長を、大人の都合、無知、エゴで、急がせる事なく、本来あるべき成長の順番に沿ってサポートすること。また大人自身も自分の健康を顧みるきっかけにすること。この第1章では、その価値観を共有することが最も大切になります。