この章の役割
この第1章は、なぜ今、地域で栄養学を学ぶ必要があるのか? についてまとめています。知識の入口であると同時に、この栄養カリキュラム全体の思想を示す章です。
まずお伝えしたいことは「多くの大人が、食べ物(栄養)に対して無頓着すぎる」という現実です。あなたの身体はあなたが食べた物で造られています。何かしら不健康な症状が出れば、多くの場合は不健康になる食(成分、量、組み合わせ)を摂り続けていたからです。勿論そうでない場合もありますが、食事の見直しで、多くの病気を回避できます。また食を「成分」として捉えることで、漢方や薬に対する理解も深まり、本当に病気になった時に必要なことも自分で考えられるようになります。
香川県は1人当たりの年間の医療費が、常に全国平均を上回っています。糖尿病の患者率が高いのは有名な話です。部活動の地域移行は本当に良いきっかけをくれているのです。
美味しい物、不健康そうな物を食べてはいけない、という極端な話ではありません。美味しい物を食べても健康を害さないように、常日頃の食生活や運動習慣を見直して、その都度、自分で正しさを判断して選択できる状態にしましょう、という話です。勿論、健康になることに興味がない人に強制は出来ません。ただ多くの人にとって、健康な状態を維持すること、また会社や地域にとって、従業員や住民が健康であることは、本人にとってハッピーであると同時に、周りの人にとっても負担が少なくなる、という意味でハッピーである、と私は考えます。
この栄養学のカリキュラムを通じて「成長期である子供たちにとっての適切な食事、栄養とは何か?」の理解が深まると同時に、大人たちが「では今の自分にとって適切な食事、栄養とは何か?」を自問自答する機会が増えることを切に願っています。
まず知っておきたい前提
成長期の子供は「小さな大人」ではありません。身体が大きくなる途中にあり、骨も筋肉も内臓も神経系も、日々発達の途中にあります。そこに、勉強、運動、遊び、人間関係など、日々たくさんの未体験を同時にこなしています。
従って成長期における食事は、単なる空腹を満たす行為ではなく、身体を造ること、回復すること、集中すること、感情を安定させること、明日に備えることなど、多くの要素を充足させる必要があるのです。ただカロリーを満たすだけの食事を続けていると、原因不明の体調不良や気分の不安定さを招くことになります。薬で数個の成分を過剰に補うのではなく、まず見直すべきは日々の食事です。これは大人にも3分の2ぐらいは当て嵌まることです。
「食べること」は特別な話ではありません。故に「栄養学」も特別な学問ではありません。毎日使っていれば嫌でも覚えます。問題は「続けられるかどうか?」です。「自分のためだけ」にだと続けられないなら、「誰かのため」に、一生続く食事の話、おやつや水分補給やサプリメントの知識を、日々少しずつアップデートしていきませんか?
部活動の地域移行は、食の課題を見えやすくする
部活動が学校の中にあれば、子供の生活リズムはある程度揃います。帰宅時間、活動場所、移動距離、関わる大人の数が、ある程度限定されるからです。しかし地域移行が進むと子供たちの生活リズムは多様になります。
ここで考えるべき課題が与えられます。地活が終了して自宅で夜ご飯を食べるまで、何も栄養を摂らなくて大丈夫か? 摂るなら何がベターか? 子供がコンビニなどで購入するとしたら、何をチョイスするべきか? 運動前と後でどう違うか? その瞬間、瞬間の判断が、その日の練習の質を決め、練習後の壊れた組織の修復や、次の日の疲労感などに関係してきます。これは大人にも当て嵌まることです。
地域で活動を支える大人たちも、我が事として食の問題を捉えることで、子供たちに、良い情報、良い選択肢を共有することができるようになるのです。この章は、その発想への転換を促す章です。
なぜ「家庭だけの問題」にしてはいけないのか
理由を端的に言うと「極端になり過ぎる場合があるから」です。
日本人は、メディアの影響を強く受け過ぎる傾向にあります。有名なタレントが「○○が身体に良い」と言った夕方には○○がスーパーからなくなるのが日本社会です。しかし誰かにとっては有益でも、誰かにとっては害になることもあります。また何か一つの物質や食品を摂って、身体が健康状態をずっと維持できる、ということはありません。栄養学を少しかじった人間であれば、情報に踊らされることはないのです。
同じ人間なら、一通り通用する標準的な栄養学がベースにあり、そこから先は個別の体質や嗜好の好み、地域差や家庭の差などが加味され、少しずつ個性を帯びてきます。そのベースとなる核がなく、「食事は家庭の問題」で終わらせてしまうと、情報の格差が生まれ、選択肢の差が生まれ、最終的に健康状態にも差が生じてきます。
部活動の地域移行で、家庭の負担が増える中、食事は絶対に続けていかなければならないことです。各家庭だけで考えるより、地域で知恵を出し合い、情報を共有して、続けられる健康的な食生活の形を見出していくことがベターなのです。
高松で学ぶ意味は、地域の現実に合わせられることにある
全国共通の栄養情報はたくさんあります。しかし食事は知識だけでなく、地域の生活と深く結びついていて、高松には高松の食習慣、生活習慣があります。讃岐うどん、買いやすい食材、家庭料理の味付け、移動の仕方、活動の時間帯、保護者の負担感、地域スポーツの形、気候の特徴etc。こうした現実に合わせた話をすることが、高松独自のカリキュラムの大きな価値の1つです。
栄養を学ぶことは、競技力だけのためではない
「まず知っておきたい前提」のところにも書きましたが、成長期の栄養と言っても、「スポーツが強くなるため」だけに学ぶのではありません。もっと大きく捉えた『生活を整える力』のための栄養学です。朝に起きる力、学校で集中する力、疲れを持ち越さない力、感情を大きく崩さない力、人と関わる余力を残す力。こうした日々の出来事の積み重ねが、子供たちの成長に必要な生活の一部です。そしてその1つ1つに影響を及ぼすのが、毎日毎回の食事なのです。
私のところは文化系だから、或いは何も活動する気がないから、成長期の栄養は関係ない、と思わずに、子供が心身ともに元気に育つための大切な要素の1つとして捉えて欲しいと思います。
これからの高松には、運動の機会を造るのと同じくらい、食を栄養(成分)と捉えて、知識と知恵を共有することが大切です。